春の二度目の自転車旅の記録。

1.概要
2.行動記録
2.1 耳成山
2.2 藤原宮跡・菜の花畑
2.3 万葉歌碑巡り(天香久山神社、御厨子神社)
2.4 天香久山、万葉の森
2.5 畝尾都多本神社(啼澤神社・哭沢神社・泣沢神社)
2.6 お風呂に入る
2.7 藤原宮跡・菜の花畑(夜)



# 1.概要 【4月14日(金)】


13日に続き14日も快晴が予報されていた。本日も「吉野の桜」鑑賞をする予定だった。ただし、日中の吉野は人が多すぎるので夕方から吉野の桜を鑑賞するように考えていた。

昨晩疲れてお風呂に入っていなかったので、まずはお風呂に入ろうと桜井の方へ走っていたら山(耳成山)が見えたので山に登ってからお風呂に入ろう・・・耳成山に登ったら天香久山にも登りたいなあ・・・そのあとに風呂に入ろう・・・と、予定を動的に変更した。

結果、お風呂に入ったあと休憩室で爆睡してしまい、時間の関係上、吉野に行くのを諦めざるを得なかった。


# 2.行動記録(抄)



<ルート>



- 2.1 耳成山


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桜井にある温泉(スーパー銭湯)に自転車を走らせていたら形の良い山が見えた。近くに行ってみると、レンゲ畑と山が撮れた。地図でしらべてみると「耳成山」という。大和三山の一つだ。昨日、同じく大和三山の一つ「畝傍山」に登っている。ならば、この山にも登ってみようとお風呂は後にして山の麓に向かう。


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山の麓には公園があり桜が見事に咲いていた。まさに散り際の桜ではらはらと花を散らしていた。お年寄りや家族連れがのんびりと憩いの時間を過ごしていた。穏やかな時が流れる。


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池がある。その近くには鉄道も通っている。ユキヤナギが綺麗だ。


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万葉歌碑あり。

・耳無の池し恨めし吾妹子(わぎもこ)が来つつ潜(かづ)かば水は枯れなむ
(巻16-3788)

歌意:耳梨の池は恨めしい、あの子がさまよって来て水に入ったら、水が枯れて死ねないようにしてくれればよかったのに

ここで大切な人(女性)が死んだのかな?くらいにしか思わなかったが、家に帰って万葉集を読み直すと悲しい物語が書かれていた。

昔、三人の男性が一人の女性に求婚したが、女性はその想いに応えられず池の周りをさまよい身を投げて水中に没した。三人の男性はそれぞれに歌を作り恋歌三首が残った。この歌はそのうちの一つだということだ。


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では「耳成山」に登ろう。


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と、あっという間に頂上についた。眺望は無い。

明治41年に明治天皇が大演習を御統監されたという碑があった。


- 2.2 藤原宮跡・菜の花畑


昨日の吉野の花矢倉展望台でアマチュアカメラマンの方に藤原宮跡の菜の花畑の写真を見せてもらった。これは見に行かなければと自転車を走らせた。(その方には午前4時くらいに行くと日の出と共に撮影できるとアドバイスを受けたが、朝に弱い私には無理だった)


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すでに多くの観光客が来ていた。見事に菜の花が咲いている。桜も散り際ではあるが綺麗に咲いている。背景に見えるこんもりした山は、昨日登った畝傍山だろう。


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先程登った耳成山方面


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耳成山


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天香久山方面。この写真だと香久山は桜に隠れている。天香久山にも登ろう。


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香久山方面


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天香久山が見える位置に移動。手前の低山が天香久山。


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畝傍山


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畝傍山


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ということで藤原宮跡・菜の花畑でした。


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帰り際、万葉歌碑を見つけた。あまりにも有名な歌。

業深き女帝 持統天皇の歌。

・春過ぎて夏来るらし白栲(しろたへ)の 衣乾したり天の香具山
(巻1-28)


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藤原宮跡前でこんな写真を撮ってみた。大和三山に囲まれた所に藤原宮があるので大和三山を一枚におさめようと頑張ってみたけれど、二山が限界だった。(耳成山、天香久山)


- 2.3 万葉歌碑巡り(天香山神社、御厨子神社)



その後は近くの万葉歌碑を巡ることにした。


◆天香山神社

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天香山神社にて。

・ひさかたの天の香具山このゆふべ 霞たなひく春立つらしも
(巻10-1812)

柿本人麻呂の歌だ。香具山関連の歌は犬養孝氏の著書ほか、たくさん目にすることがあるので、この歌も覚えていた。「霞(かすみ)たなひく春立つらしも」・・・見事だなぁ。言葉は写真よりも美しい時がある。



◆御厨子神社

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これは大津皇子の辞世の歌だ。

磐余の池の場所は諸説あるようだが、ここも磐余の池があったとされる場所。激動の時代を生きた大津皇子は24歳で亡くなっている。


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ここに磐余の池があったのか。どんな思いで大津皇子は自害したのか。


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御厨子神社

説明書きによると、こちらの観音様は吉備真備が唐(中国)に留学するに当たり、航海の安全と学問の成就を守って頂いた観音様であり、一緒に渡海した阿倍仲麻呂が遂に帰国の目的を果たせなかったことを思う時しみじみと加護の有難さを感じた真備は寺を建てずにおられなかった・・・云々

色んなエピソードがあるものだ。勉強になりました。


- 2.4 天香久山、万葉の森



◆元気なおばあちゃん

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桃と菜の花。

ここでおばあちゃんに声を掛けられた。

「花は散り際が綺麗だねぇ」と。

平地は少し過ぎた春で桜が散る風景は至る所で見てきた。それを踏まえた言葉なのだろうが、考えすぎる私はその言葉の背景が頭のなかでいろいろ展開されてしまう。

このおばあちゃんは足腰が達者そうで登山者の格好をしているけど、80歳は過ぎているかと思われる。齢重ねた晩節の年寄りが何気なく放つそんな一言は私には重すぎた。

当たり障りなく「いい時節ですね。本当にきれいです。」とこたえた。

いつまでも元気で歩き回ってもらいたいものだ。



◆万葉の森

おばあちゃんに声を掛けられたすぐ近くに「万葉の森」という所があった。歩いてみよう。


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・水伝ふ(みなつたふ)磯の浦廻(うらみ)の石上(いそ)つつじ茂(も)く開(さ)く道をまた見なむかも
(巻2ー185)

ここにはおびただしい歌碑があった。また万葉時代から歌に詠まれた植物が植えられており、その植物に関連する歌なども紹介されている。ピクニックするにもよし、とてもいい場所だ。

この歌は「つつじ」に関連している。


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桜も咲いている。


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・高圓(たかまど)の野邊の秋萩いたづらに 咲きか散るらむ見る人無しに
(巻2-231)

歌意:高円山の野のほとりの秋萩は、空しく咲いて散っているのだろうか、見るべき人(ご覧になっていた皇子さま)のなくなった後も。


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・妹(いも)が見し棟(あふち)の花は散りぬべし 我が泣く涙いまだ干(ひ)なくに
(巻5-798)

歌意:妻の見た栴檀(せんだん)の木は落花の気配をみせる(散れば、思い出のよすがを失う)。妻を失って悲しみの我が涙もまだ乾かないのに。

これは山上憶良の歌。憶良の歌や詩(漢詩)はとても良い。杜甫に似るものを感じる。


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森の方へ歩くと家族がピクニックに来ていた。シートを広げ子供たちが走り回っていた。


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突然風が吹き、桜が雪のように舞う。散る桜は写真に写りにくいが、まさに「散り際がきれい」だ。


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桜につられてどんどん奥へ。


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高度が上がっていく。


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何となく分かってきた。


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万葉の森は天香久山の裏側なのだ。そして私は今、天香久山に登っているのだ。


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程なく山頂に着いた。先程の家族連れも一緒に登った。畝傍山が見える。


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子供がこれを見てお父さんに聞いていた。

「これなーに? おんせん?」


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つつじ


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さくら


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歌碑にならなくとも、植物ごとにこのように立て看板で万葉歌が添えられている。
これは「ちさ」という植物。

・息の緒(を)に思へるわれを山ぢさの花にか君が移ろひぬらむ
(巻7-1360)

心変わりを恨む歌と思われる。


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・草枕旅の宿(やどり)に誰(た)が夫(つま)か 國(くに)忘れたる家待たまくに
(巻3-426)

柿本人麻呂の歌。

歌意:旅先のこの天香具山に、故郷を忘れて倒れているのは誰の夫であろうか。家人がまっているであろうに。

昔は行き倒れの人がいたようです。その姿を見て人麻呂は歌を残さずにはいられなかったのでしょう。


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ということで、万葉の森、天香久山登山でした。

これで大和三山(畝傍山、耳成山、天香久山)の登山が完了した。まったく行き当たりばったりだったが何とかなるものだ。


- 2.5 畝尾都多本神社(啼澤神社・哭沢神社・泣沢神社)



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ここは泣沢女神(哭沢女命などとも)の神社。

古事記によると火の神カグツチを産んで伊邪那美が亡くなる。夫の伊邪那岐は涙を流す。その流した涙から生まれたのが泣沢女神


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万葉歌碑あり。

・哭澤(なきさわ)の神社(もり)に神酒(みわ)すゑ祷祈(いの)れども わご王(おおきみ)は高日しらしぬ
(巻2-202)

歌意:哭澤の社に神酒を供え、回復を祈ったけれども、その甲斐なく高市皇子はお亡くなりになった


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高市皇子は天武天皇(大海人皇子)の皇子。壬申の乱のときに活躍された。手塚治虫の「火の鳥」にも描かれている。


- 2.6 お風呂に入る


さて、一通り観光もしたので夕方から吉野に向かう予定。その前に延期していたお風呂に入ってしまおう。

と、スーパー銭湯にて入浴。登山の汗も流してさっぱり。自販機で水を買い、休憩室(畳の間)で座り、ちょっと休憩したら・・・いつの間にか眠り込んでいた。で、起きたのが19:40過ぎ。スーパー銭湯に着いたのが15:30くらいだったから相当寝てしまった。そしてこの時間から吉野に向かう元気はなかった・・・。

ということで、吉野は諦めざるを得なかった。昨晩話をさせていただいた映像のプロの方にまた来るって約束したのに申し訳ないことをしてしまった。すみません。こんな経緯でした。


- 2.7 藤原宮跡・菜の花畑(夜)


吉野の桜は諦めたけど、寝てさっぱりしたので何かしたいと考えた。藤原宮跡・菜の花畑なら月の下で桜と菜の花でも撮れるのでは?あわよくば朧月夜の歌のような風景が撮れるかも・・・と。

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これまた不思議なことに、到着した途端に山陰から月がのぼり始めた。ホワイトバランスも何も考えず三脚にカメラをセットしてシャッターを押す。


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徐々にのぼる月。朧というような月ではなかった。水分が足りなくてくっきりとした月だった。そう言えば、今日は天気が良い日だったんだ・・・。吉野に行けなかったのが悔しい。


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地元のカメラマンが一人だけいた。

「よくここを選びましたね。地元の人でもなかなか来ないよ」って言われたが、月が出ることは分かっていたし夜の菜の花畑なんて素敵ではないか。

「奈良は良いですね。見る所がいっぱいあって。」というと、「若い頃は何にも無いと思っていたが歳をとってから好きになったよ」と笑っていた。50歳位のおじちゃんだった。朧月が見られないと分かったその方はママチャリで帰っていった。


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天香久山方面を長時間露光(30sec)。


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円周魚眼でも撮影してみた。

もうちょっと露光時間が長くても良かったかも。北斗七星が微かに写っている。


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これも。


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これも。けっこう遊べるもんだ。





走行距離:34.96Km

お風呂後の爆睡は想定外だった。それなりに疲れていて回復期間が必要だったのだろうけど、吉野の桜を見られなかったは残念。その代わりに行った藤原宮の夜の菜の花畑は静かで良かった。

(つづく)